2010年07月22日

備中館

相変わらず、暑い日が続いています。
昨日、モスクワでも地域によっては雨が降ったようですが、私の住む北部は雨雲だけで、雨は一滴も降りませんでした。

モスクワに住み始めて6年以上が経ちましたが、ここまで厳しい夏は初めてです。
この酷暑で思い出すのは、大学時代を過ごした備中館のこと。

備中館とは、東京にある岡山県人寮で、明治32年(1899年)に阪谷芳郎子爵大原孝四郎馬越恭平大原孫三郎の諸氏等と相諮って、郷土出身学生の為に設立された由緒ある寮(現在の館長は橋本久美子氏(橋本龍太郎元首相の夫人))で、私の父親もこの寮で大学4年間を過ごしました。

備中館では、基本的に学生が自治を行うため、館生である学生が幹事を決めて、仕事を分担し、月に1回総会という寮生活についての話し合いの場が持たれます。私もコーラ幹事(寮内にあった自動販売機のジュースの注文やお金の管理)から始まり、学年が上がるごとに、重要度の高い自治幹事(寮費、寮の運営に関わる経理全般)、館生の代表である総務幹事も務めました。また、OBの方々に寮へ来て頂くような機会も年に数回あり、そこではOBの方々からお話を聞き、また学生にも1人1人発表の場が与えられます。これだけを聞くと大変そうに聞こえますが、そんなに大したことはありません。もちろん、共同生活をする上で多少の犠牲は必要ですが、逆に、共同生活を通じて得られるモノのほうがはるかに多いことだけは確かです。

そんな多くのモノを私に与えてくれた備中館ですが、本当につらいこともありました。それが夏の暑さたらーっ(汗)。建物は1955年(昭和32年)に建築された鉄筋2階建てで、電力・電気代の関係もあって各部屋にはエアコンがありません(談話室、通称「社長室」にのみエアコンがあった)。また、場所が小石川植物園の裏にあるため、東京の中心部であることを忘れてしまうくらい緑が多い半面、風がなかなか通らず、ヒートアイランド現象により、夜中になっても気温が下がらず、部屋の中は蒸し風呂状態です。寮に入って初めて知ったことは、扇風機を自分のほうではなく、自分とは反対側のドアの外へ向けたほうが涼しいということ(部屋の空気の流れダッシュ(走り出すさま)を作るため)。

あまりに暑いので、夏は極力寮にいないようにしていましたが、それでも寝る場所は飽くまで寮。夜は、普通に寝ようとしても暑くて眠れないので、よくやっていたのが朝方4時〜5時頃に放射冷却で若干涼しくなってから寝るとという方法と、眠れないなら働いちゃえということで、アルバイトモバQなどで疲労の極限まで睡眠を取らないという方法。

モスクワの暑さ晴れが、私のそんな学生時代を思い出させてくれました。

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モスクワは、夜11時頃には少し涼しくなってくれるので、徹夜する必要がなくていいわーい(嬉しい顔)
posted by Masakazu at 03:10| モスクワ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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