2009年12月12日

ハリコフ旅行 4

中央市場のまわりにファーストフードファーストフードは何軒かあったのですが、ゆっくり落ち着けるようなところがなく、中央市場を過ぎて駅のほうまで戻ったのですが、入りたいと思えるようなカフェやレストランがなくふらふら、列車までの時間時計もまだ少しあったので、どこ行きかわからない路面電車電車へ乗車。

Kharkov_Tram.JPG

なかなかレトロな感じで、いい味出してます。

終点まで行って、また同じ路面電車で帰ってこようかと思いましたが、しばらくすると住宅がまばらになり、車窓から見える景色も寂しくなり、ほかの乗客もまばらになってきたので、残っていた大半の乗客が下車した停留所で下車右斜め下し、その停留所近く止まっていたマルシュルートカ(乗り合いタクシー)車(RV)がサヴェーツカヤ駅まで行くのを確認して、乗車して後戻り次項有

サヴェーツカヤ駅の近くで、ロシア資本の日本食チェーン・ヤキトリヤ(Якитория)やウクライナ資本の日本食チェーン・スシヤ(CушиЯ) と同じ通りに、落ち着いた感じのレストランがあったので、そこで遅めのランチレストラン&ビールビールで取り、ハリコフ観光終了。

食後、地下鉄で駅まで戻り、売店でビールと食料を買い込みわーい(嬉しい顔)、列車へ乗り込みました。

帰りは同室のおじさんがサハリン在住で、私もサハリンに何度か行ったことがあるという話で盛り上がったと思ったら、ロシア国境では、係官の女性カバンが私のパスポートを見て、
「北方領土は渡さないわよexclamation
といきなり、冗談っぽく愛らしい笑顔で言うので、話を聞いてみると、彼女、国後島出身でした位置情報

2日間の小旅行でしたが、いろんな意味で退屈しませんでしたー(長音記号2)

人気ブログランキングへ

ハリコフ旅行中に見た女性で一番きれい揺れるハートだったのは、国後島出身のロシア国境の女性係官ひらめき
posted by Masakazu at 01:48| モスクワ ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

ハリコフ旅行 3

戦車などが展示されていたのは広場の一部で、そこにはソビエト時代に建てられたと思われるドデカイ銅像や2つの地下鉄の駅「歴史博物館(Исторический музей)」と「(旧称)サヴェーツカヤ(Советская)」(*新しい駅名を覚えておらず、調べても分からず)がありました。

Kharkov_Sovetskaya.JPG


広場の名称の表示はどこにもなかったのですが、どうやら、この広場、憲法広場(Площадь Конституции)というらしい。

憲法広場を超えて、スムスカヤ通り(улица Сумская)を抜けて行くと目的の自由広場(Площадь свободы)がありました。

Kharkov_Freedom Square1.JPG


Kharkov_Freedom Square2.JPG


Kharkov_Freedom Square3.JPG


確かに広い。でも、ただ広いだけで何もないあせあせ(飛び散る汗)

また、この自由広場、同室だったおばさまキスマークや帰りの列車であったウクライナ国境の係官眼鏡から、「ヨーロッパで最も広い広場だ」と聞かされていたのですが、Wikipedia によると、ヨーロッパ一ではなくもうやだ〜(悲しい顔)、ヨーロッパで5番目、世界で10番目らしい。

自由広場へ行くという目的を達成手(チョキ)してしまったので、近くのカフェ喫茶店にでも入ってゆっくりしようかと思い、適当なカフェを探したのですが、カフェ自体がほとんど見つからずふらふら、カフェなどの店も近くにありそうな中央市場方面へ向かいましたくつ。旅行に来て、その土地の市場へ行くというのは、私にとっては旅の楽しみの一つexclamation&question

まず、中央市場の対岸に人だかりがあったので行ってみると、蚤の市でした。

Kharkov_Flea Market1.JPG

入口付近は道が狭く、人の行き来が激しく、人の邪魔になりそうだったので、道が広い奥に入ってから写真を撮ったのですが、これでは、あまり人がいないようにしか見えませんねたらーっ(汗)

Kharkov_Flea Market2.JPG

ざっくりとしたくくりでいうと、日用品

Kharkov_Flea Market3.JPG

音響機器もあります。

Kharkov_Flea Market4.JPG

何の部品だかよくわかりませんが、ロシア車のジグリ(Жигули)などの中古部品もあるのでしょう。

置かれているものを見ても、本当にガラクタとしか思えないものがほとんど。それでも人々で賑わっていました。

中央市場も見てみましたが、店はたくさんあるもの、品揃えに大差がなく、品目が非常に限定的で、あまり経済も流通もよくないバッド(下向き矢印)のだろうなぁという印象を受けました。

人気ブログランキングへ

週末からやっと冬らしい天気霧になりました。今日は一日中雪雪です
posted by Masakazu at 00:02| モスクワ ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

ハリコフ旅行 2

駅を出て、カール・マルクス通り(улица Карла Маркса)を東に向かいました。日曜の朝晴れということもあったかもしれませんが、潰れている店も含め開いている店がほとんどなく、通りに出ている人もまばらで、かなり寂れた様子。


Kharkov_Street1.jpg


しかし、カール・マルクス通りを抜けて、ラパーニ川(Река Лопань)に出てくると、遠くまで見通せるようになり、また教会や新しい建物などが現れるなど、景色が一変。ここまで来て、やっとなんとなく落ち着いた感じがしました。

Kharkov_Street2.jpg


Kharkov_Street3.jpg



Kharkov_Street4.jpg


Kharkov_Street5.jpg


橋を渡り、ハルトゥーリナ坂(подъем Халтурина)を上って少し行くと、戦車や大砲などが置かれた軍事機器広場(Площадка военной техники)がありました。

Kharkov_Tank1.jpg

Kharkov_Tank2.jpg

Kharkov_Tank3.jpg

Kharkov_Cannon.jpg


かなり街の中心部に近づいたようで、ここまで来ると人通りも多くなっていましたわーい(嬉しい顔)

人気ブログランキングへ

12月に入ったというのに、モスクワにはまだ雪が積もっていませんたらーっ(汗)
posted by Masakazu at 22:59| モスクワ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月28日

ハリコフ旅行 1

先月末、ウクライナ第2の都市、ハリコフ(Харьков) へ行ってきました。
土曜日の夜の列車電車にモスクワを出発し、ハリコフに翌朝到着、そしてその日の夕方にハリコフを出発し、月曜の早朝にモスクワに到着するという強硬スケジュールで、ハリコフにいる時間は約6時間で、列車の中にいる時間が24時間という旅行でした。

今回の旅行の第一の目的はロシア国外へ出ることで、行き先はどこでもよかったわけで、近くて行ったことのない都市ということから、行き先をハリコフに決めました。

旅行前にガイドブックやネットでハリコフについて調べたのですが、情報があまりなくがく〜(落胆した顔)、ウクライナに以前いた友人にハリコフについて聞いても、「あそこは何もない」と一言で終了もうやだ〜(悲しい顔)。とりあえず、到着する駅周辺の地図と地下鉄の路線図だけを持って行きました。

ウクライナ入国の際、係官に「ハリコフを6時間観光するために、移動に24時間かけるのはおかしい、怪しい眼鏡と必要に絡まれ、「君を列車から降ろして3時間拘束することも可能だexclamation×2」とか脅され、結局、シャンパンバーを奢る羽目になったふらふらのですが、何とかハリコフ駅に到着。

Kharkov Station.jpg


ホームから駅の出口に向かう際に、今度は3人の警察官に呼び止められ、パスポート・チェック。こちらに疾しい部分はないのですが、またいちゃもんをつけられそうに嫌な雰囲気がありましたが、一番偉そうな人がパスポートを見て、「問題ない。行かせてやれ。」と言ってくれ、無事、駅の外へ。

Kharkov_around station.jpg


ハリコフは観光都市ではないためか、外国人があまりいないようで、私が非常に目立っていたあせあせ(飛び散る汗)ようです。事実、私が街にいる間、明らかに外国人だなぁという人は見かけませんでした。

列車で同室だったおばさまキスマークから、「ハリコフを観光するならハリコフ大学の近くにある自由広場(ロシア語でПлощадь свободы, ウクライナ語でПлоща Свободи)と公園がいいわよ。」と教えてもらっていたので、まず、駅から自由広場を目指すことに。
地下鉄を使ってもよかったのですが、天気がよく、列車で寝疲れていたので、街並みを見ながら徒歩くつで移動することにしました。

人気ブログランキングへ

私、以前はよくモスクワでも警察官に止められていました。ウズベクに似てるから目
posted by Masakazu at 01:51| モスクワ ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

クリミアにアパートを

先週から、モスクワで単身生活を送っています位置情報

妻と息子、両親は、現在、ウクライナ・クリミアの都市セヴァストーポリを旅行中リゾートで、この後、妻と息子は祖父母のところへ、両親はヤルタへ行き、来週末にモスクワへ帰ってくる予定です。

先日、妻と電話で話をしたところ、気温は暑すぎず、野菜や果物がおいしくわーい(嬉しい顔)、海も近くて、最高。モスクワには帰りたくないがく〜(落胆した顔)と言うほど、気に入っているようです。

妻は去年の夏もセヴァストーポリに行っており、モスクワへ帰ってくるや否や、
「セヴァストーポリにアパートを買おうexclamation
と言ってきたことは私の記憶に新しいところです。

セヴァストーポリには、ロシア黒海艦隊(Черноморский Флот)の駐留しており、人口の大半がロシア人で、軍港として繁栄している都市です。近年、ロシアとウクライナとの2国関係の悪化により、いろいろな問題が発生しています。ウクライナがウクライナ語の公用語化を強く進めており、ロシア語のTV放送の原則禁止や映画館でのウクライナ語吹き替えなどが行われており、ウクライナ語のわからないロシア人にとって、ウクライナは住みにくい国になっていることは確かです。また、ウクライナはロシア黒海艦隊の土地使用期限を現在の合意で決められている2017年以降は延長しないと明言しており、もしロシア黒海艦隊がセヴァストーポリを出て行くことになれば、都市の様子もがらっとかわることが予想されます。

ロシアとウクライナの政情の影響を強く受ける都市で、外国人が不動産を買うのはリスクが高すぎるexclamation×2ということで、昨年、私が妻の不動産購入を思いとどまらせたのですが、今年も同じ話をすることになりそうな予感ですたらーっ(汗)

人気ブログランキングへ

モスクワでの住まいをどうするかのほうが切実な問題ふらふら
posted by Masakazu at 01:06| モスクワ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

クリミア土産

今日は、妻が持って帰ってきたおみやげプレゼントを紹介します。

まずは、クリミア・ワインバー

Wine Cask.JPG

(220L入るというワイン樽)


Wine Bottles.JPG


観光ツアーでヤルタのマサンドラ・ワイナリーに行った際に、写真にあるワインを試飲して気に入ったのを3本購入。うち、2本はクリミアの親戚宅で消費したのか、家には1本しか見てません目

あと、妻の祖父の手作りワインも持って帰ってきました。これはすでに賞味しましたが、酸味が少し強目だけれども飲みやすいワインでしたわーい(嬉しい顔)


そして、私にとってワインより嬉しいお土産がこれ。
Eggs.JPG


妻の祖父母が飼っている鶏達が丹精込めて(?)産んでくれた卵ぴかぴか(新しい)
この卵は本当に黄身が濃くて、ほんのり甘みがあります。私がロシアで唯一、生食を許されているもの(もちろん、新鮮なうち限定)で、卵かけご飯を楽しむことができるチャンス。もちろん、すでに2回ほど堪能させて頂きました、はい。近いうちに、前回の帰省の際に持ち帰った冷凍保存してある納豆を、この卵ときざみネギと合わせて、白飯と一緒に食べる、最高に贅沢な時を楽しみ予定です揺れるハート

私にこの至福の時をもたらしてくれたこの彼女たちに感謝、感謝ですハートたち(複数ハート)
Hens.JPG


banner.gif ←卵かけご飯大好きな人は1押しお願いします
posted by Masakazu at 14:19| モスクワ | Comment(2) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月24日

クリミアにも寒波

昨日、セヴァストーポリのいとこからメールが来ました。1月上旬には初春のような暖かさのあったクリミアにも寒波がやってきており、気温がマイナス20度ほどだそうです。

彼の働く職場は、屋外と変わらないほどの寒さのため、お休み。家にいて、ただ座っていても仕方ないので、彼がはじめたことは、風呂場の修理exclamation×2 タイルを剥がしているとあるので、結構、本格的にやっているのだろう。やっぱり、ロシアのムジック(男性)だなぁと感心。

おじいさん、おばあさんの住むジャンコイも夜にマイナス20度まで下がったとのこと。おじいさん、おばあさんは自分の心配だけでなく、ペットのようにかわいがっている鶏たちのことを心配しているらしい。

でも、ウクライナが寒いからって、ロシアがヨーロッパ向けに送っている天然ガスを勝手に抜いちゃダメですよね。ポーランドやドイツなどでも、寒波のために死者が出ている状況なのですからふらふら
posted by Masakazu at 18:30| モスクワ ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

クリミア旅行(6)

セヴァストーポリ3日目。天気も悪く、特にどこかに行きたいというわけでもないので、家の近くの浜辺を妻と散歩。リゾート地らしく、バーやレストランが並んでいるが、シーズンオフなので、人もほとんどいない。それでも何件かは開いており、中では女性の二人組みが朝っぱらからビールを飲みながら、おしゃべりをしていた。

雨が降ってきたので、散歩を切り上げ、市場へお買い物に。そのあと、家に戻ると、いとこが家に戻っていた。1月7日がクリスマスで祝日の関係で、今日は午前中のみ仕事だったとのこと。それなら、ビールでも飲むかということになり、セヴァストーポリの地ビールとつまみにサキイカ、セーミチキ(ひまわりの種)を買いに行き、酒盛り開始。いろいろ話をしながら、まったりとして気持ちのいい時間を過ごした。

いい気分になってきて、これから一眠りしようかという時に、昨日とは別の親戚のところへ行くことになった。とても気持ちよく迎えてくれた。だた、今日はアパートの話ではなかったが、宗教、政治の話が多かった。宗教、政治の話は、私がいつも避けている話題で、特に初対面の人や外国人にはタブーだと思っている。なるべく違う話題に振るのだが、結局、そっちの方向へ行ってしまった。

この翌日、一旦、ジャンコイのおじいさん、おばあさんのところに寄って、モスクワへ帰ってきて、今回のクリミア旅行が終了。

今回の旅行で思ったことは、クリミアはやっぱり、夏に行く場所ということ。親戚にいろんな写真を見せてもらって強くそう思った。できれば、今度はヤルタへも足を伸ばしたいと思う。
posted by Masakazu at 00:58| モスクワ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

クリミア旅行(5)

翌日は快晴。澄みきった青空。絶好の観光日和。夏であれば、ビーチへ行っていただろう。いくら暖かいと言っても、気温は15度程度。泳ぐにはちと寒い。ということで、セヴァストーポリの観光地を回ることに。

セヴァストーポリは、歴史的に軍港として栄え、ソ連時代は閉ざされた都市で、外国人は立ち入り禁止はもちろんのこと、ソ連の人でも行くことが難しかったらしい。現在は、ロシア海軍とウクライナ海軍の軍港というだけでなく、漁港にもなっており、また夏にはリゾート地のとして、賑わっている。

そうした歴史的背景もあり、観光地は主に軍事、戦争関連。ジオラマでは、第二次世界大戦の際に使用されたドイツ軍とソ連軍の兵器が展示されており、また眼下にはブドウ畑が広がっていた。
Diorama.JPG

また、パノラマでは第二次世界大戦当時の様子が再現されており、一見の価値はあった。

遅めの昼食を食べて、夕方に家へ戻り、少しのんびりしてから、親戚(お母さんのいとこ)の家へ。行く前に聞いていた話では、お茶だけで、あまり長居せずに1時間ほどで帰る予定になっていた。しかし、実際に親戚の家に行ってみると、料理がテーブルいっぱいに並んでいた。これで、1時間で帰れる訳はなく、結局帰れたのは4時間後で夜11時。何が辛かったって、4時間ずっとアパートの話だったこと。ロシア人やウクライナ人は概して、アパートやダーチャ(郊外の別荘、一般に質素)の修繕、改装が好きなのはわかっているが、4時間ずっとその話というのは新記録。しばらくこの記録が破られることはないだろう。
posted by Masakazu at 20:07| モスクワ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

クリミア旅行(4)

妻の妹は大学の試験のため、早くモスクワに帰らなければならず、ジャンコイでお別れ。残る妻のお母さん、妻、私の3人は列車で、セヴァストーポリへ向かった。モスクワからジャンコイへ来た時には気づかなかったが、ジャンコイの駅にはジプシーの多いこと。ホームには列車を待つ乗客と同数ぐらいいたんじゃないかな。当然、我々にも金をせびりにきて、しつこく付きまとってきた。そのおかげで、気分はバッド(下向き矢印)

約2時間ほど列車に揺られて、セヴァストーポリに到着。駅には、妻のいとこ(お母さんの姉の息子)が車で迎えに来てくれていた。駅から車で20分ほどで、いとこの家に着いた。いとこはそのまま、会社へ。家では、お母さんのお姉さん(妻の伯母)がごちそうレストランを作って待っていてくれた。海沿いの都市だけあって、シーフードを使った料理が多かった。ここでも自家製ワインが登場し、乾杯バー

食事を終えたのが15時ぐらいで、まだ外が明るかったので、散歩がてらに古代ギリシャ時代の遺跡ヘルソネスへ。遺跡とかにあまり興味があるわけではないが、予想外に楽しめた。遺跡のバックに黒海が広がる景色は非常に美しいものだった。残念ながら、写真を撮るには暗くなりすぎて、あまりいい写真は撮れなかったが、参考までに写真を載せておく。
Hersones.JPG


その後、家で夕食を取り、セヴァストーポリの中心部へいとこと妻と私の3人で出かけた。ジャンコイとは違い、結構にぎやかだった。海岸近くには、バー、レストラン、ディスコなどがあり、海岸沿いにはカップルの姿が多かった。ここが格好のデートスポットなんだろう。

2時間ほど散策をして疲れたので、帰宅。すると、そこにはおじさん(お母さんのいとこ)が来ていた。ここでも、ワインで乾杯バー クリミア半島はワインが有名だからか、この旅行中にウォッカを勧められることはなかった。

posted by Masakazu at 01:18| モスクワ ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

クリミア旅行(3)

パンと塩で迎えられたあと、おじいさんの自家製ワインでみんなでバー乾杯し、おばあさんの手料理をいただいた。どれもおいしくて、ワインも食事も勧められるままにいただいた。しかし、料理には油とマヨネーズがこれでもかと言わんばかりに使われていて、胃にはちときつかった。また、食後、間を空けることなく、バタークリームたっぷりのA4サイズのケーキ登場exclamation×2 このケーキがとにかく甘かった。
Cake.JPG

夜はおばあちゃんが得意料理のチェブレキを作ってくれた。チェブレキとは、小麦粉から作った薄い皮で肉を包んであげたもので、タタール料理らしい。駅の近くのスタンドなどでよく売られる。おばあちゃんは昔、駅の食堂でチェブレキを作っていたので、まさにプロ。胃の状態を考えると、本当は軽めのいきたいところだったが、あまりのうまさに何個も食べてしまった。食べっぷりがよかったせいか、2泊3日のジャンコイ滞在中に、もう一回、チェブレキを作っていた。もちろん、ここでの料理が脂っこいことはわかっていたので、胃薬の準備は万全で、旅行中はお世話になった。

ジャンコイはクリミア半島の北にある町で、昔はいくつも工場があって、そこそこにぎやかだったらしい。しかし、今は特に産業もなく、若者の多くがクリミアの州都シンフェローポリなどへ出て行くような状況。町並みもどこか哀愁の漂うような感じがした。
posted by Masakazu at 00:57| モスクワ | Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

クリミア旅行(2)

AM3:00頃にロシアの国境を越え、ウクライナへ入国。ここでハプニング発生どんっ(衝撃)。ロシアの税関・パスポートコントロールが終わって、今度はウクライナと言う時に妻の母が寝入ってしまった。そこへウクライナのパスポートコントロールの人が、妻の母に向かって一言。

「下段ベッドの男の人、起きなさい。」

これに、その他3人は大爆笑わーい(嬉しい顔) 暗くて顔が見づらかったので間違えたらしい。パスポートを見てすぐに謝ってました。

私たちが乗った列車電車はセヴァストーポリ行きで、ジャンコイでの停車時間はわずか3分exclamation 荷物が多かったが、早めに準備をしていたので、無事下車。ホームへは、妻のおじいさんが迎えに来ていた。駅からおじいさんの家まで歩けない距離ではないが、荷物が多いのでタクシー車(セダン)を探す。ホームの近くにいたタクシーはほかの客をつかまえて去っていってしまい、結局、ホームの反対側まで行ってようやくタクシーがつかまる。

タクシーに荷物を積み込み、妻の妹は徒歩で、ほかの人はタクシーでおじいさんの家に向かったのだが、家に着いたのはほぼ同時だった。タクシーと言えば、ジャンコイでもセヴァストーポリでも正規のタクシーが多くてびっくりした。ロシアでは白タクばっかりなので。

荷物を持っていざ、家の中へ。おばあさんがロシアの結婚式の伝統に従い、パンと塩で妻と私を迎えてくれた。
Bread&Solt.JPG


妻と私で、パンをひとかけらずつちぎり取り、パンの上部、中央部分に白く見える塩をつけて食べる。おばあさんが妻と私に十字を切り、妻と私をバスタオルで覆って結ぶ。これで、一通り儀式は終了。

このように出迎えてくれるとは予想もしていなかったので驚いたが、これで私を家族の一員として認めてくれたのだと思うととてもうれしかったわーい(嬉しい顔)
posted by Masakazu at 00:27| モスクワ | Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

クリミア旅行(1)

2005年8月1日より、90日以内の滞在の場合、日本人はビザ、レギストラーツィアという滞在登録が不要になったので、ウクライナへ行きやすくなり、またロシア人と日本人がビザなしで旅行できる数少ない国のひとつになりました。ウクライナに親戚がいる私たち夫婦にとっては、非常に有難いことです。

今回の目的地はクリミア半島のジャンコイとセヴァストーポリの2都市。主な目的は、妻の祖父母をはじめとする親戚への挨拶と結婚の報告。モスクワで結婚式を行ったものの、妻のおじいさん、おばあさんは出席できず、そのほかの親戚は招待しなかった。理由としては、親戚全員を招待するとなると、宿泊場所の確保が大変になり、日本から来た私の親戚の世話どころではなくなってしまい、また親戚を一人でも招待したとなると、これまた後で問題になるため。

モスクワからジャンコイ、セヴァストーポリへは列車電車が出ている。クペーという4人部屋の寝台車を利用。切符の値段は片道約50ドルで、シーツ代が約2ドル。所要時間はモスクワ→ジャンコイで約22時間、モスクワ→セヴァストーポリで約24時間。税関やパスポートコントロールも部屋まで来てくれるし、寝て行けて、なおかつ安いのはいいが、その分、時間のかかる列車の旅。

今回、モスクワからジャンコイへは、妻の母、妻の妹、妻、私の4人でクペーを占領し、いろいろな話をしたりしながらだったので、時間が早く過ぎていくように感じた。

posted by Masakazu at 00:45| モスクワ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。